私はさよならをするのが下手です。
いらない物とも、見込みのない恋愛とも、すっきりとさよならすることが苦手。
でも一番難しいのは最後のお別れだなと、今日改めて思いました。
双子のわんこ、残っていたほうのひとりが、夜中にお空へ旅立ちました。
誰も今日そんなことになるとは思っていなかったのです。
腎臓、肝臓の数値がすごく悪くて、正常70のところ500にまで上がり、3分の2は腫瘍でもう機能していないと。
それでも先生が「こういう治療もある」と勧めてくださったのが、7日間で終わる、毎日10〜19時までの点滴。
まだそれに耐えうる体である、ということだったのです。
実際点滴から帰ってくると、トイレも必ず二回出て、お肉をしっかり食べられる日もあった。
それまで食欲がなくて、三日続けて食べられないと餓死する、とまで言われていたのです。
だから、続けてしまった。
毎日9時間もかわいそうだな、と思いながら。
続けたけど、ずっとこれだけで生きられるわけではないし、もうそんなに体も良くないのなら、お家で過ごさせてあげようと準備もしていました。
昨日がその7日目だったから、昨日で終わるはずだった。
でも夕方、容態が急変したと電話があり。
両親が迎えに行き、私が玄関を開けたときには、もうすでに弱々しい姿になっていました。
私、金曜から会ってない。
金曜もあのこが帰ってくる前に、実家を出なくてはいけなくて。
土日は結婚式だの色々で実家へ行かず。
昨日、月曜の朝は、私が着く頃にはもう点滴しに行っていた。
まだ聴きたかった爪の鳴る足音や、寝息。
香ばしいようなふかふかの毛の匂い。
両親の話では、昨日の朝めずらしく私の部屋で寝ていたそうです。
私が出産しておもちと帰省していた数ヶ月以降、自分の居場所がないと思ったか、なにか遠慮していたのか。
今までお気に入りの一角があったのに、全然くつろぎに来なくなりました。
それが昨日の朝は、寝ていたのだって。
本当に久しぶりに。
病院の時間が来たから、それを起こして連れて行ってしまったのだと両親は自分を責めていました。
でも、誰も責められない。
両親の気のかけ方、自分の親ながら、あんなに優しく情深い人達がいるのかと思う。
気だけでは済まないから勿論お金もすごくかけていて。
部屋の温度から、食べる物から、様々なタイミングから、何もかもがわんこ中心。
あんなに愛して丁寧に可愛がっていたのに。
全てが後悔に変わる、こんなひどいことが、かわいそうな事ってあるのでしょうか。
元気になってほしいから、信じたから点滴をしたのに、こんなんだったらお家でねんねさせてあげたら良かったんじゃないか。
一週間、毎日9時間も、抱っこしてあげられたんじゃないか。
家族である私達がそばにいて、変わらない日々を過ごさせてあげることを、あのこは求めていたんじゃないか。
大好きだよと伝えることのほうが数百倍大事だったんじゃないか。
もし、こうしていたら。
あのとき、あっちを選んでいたら。
もし、もし、もし。
あれもこれも。
考えても仕方のないこと、もう遅いことをずっと考えています。
じゃあ点滴をせず、ずっと食欲のないまま放っておけたかと問われたら、否なのだけど。
だんだん動かなくなるのを、じっと見つめてはいられなかったと思うけれど。
だけどそれが自然な形の死なのだ、きっと。
特にわんこにとっては。
小さい体をあれこれいじられて、病院で不安で、点滴の針は痛くて…
延命治療なんて。
もちろん「私達にとっては」だけど、したらしたで、しなきゃよかったと思うのだ。
いつもそう。
どうして学べないのだろう。
どうしてきれいにさよならを出来ないのだろう私は。
よく腿の上でピアノの練習を聴いてくれていました。
出産間際、運動を増やすよう先生に言われ、階段の上り下りをする私を見てくれていた。
おもちと仲良くしてくれた。
ありがとうが言いきれない。
言い終わらないうちに、お空へ行ってしまいました。
何をしたって後悔はするのだから、とはよく聞くけど。
でも、ただただ、さみしいのです。
もう一度ふたりに会いたい。